「自分にあまり期待してなかった」――短期合格者が最後まで折れなかった理由
第1回・第2回では、5ヶ月で一次試験を突破し、2ヶ月半で二次試験に挑んだ山口真一さんの戦略を追ってきた。
ただ、短期決戦を最後まで走り切るには、教材選びや答案技術だけでは足りない。
仕事と家庭に向き合いながら、予備校講師が言う「この時期にここまでできていないと困るよ」という言葉をどう受け止めるか。
深夜に勉強机に向かう前のエンジンをどうかけ直すか。
そして、家族にどこまで負担をかけることを許容するか。
最終回は、合格者の内側にあった、もう一つの戦いを描く。
第一回:修士論文提出の翌月、TAC新宿校へ――診断士一次試験を5ヶ月で突破した戦略|STCラボ
第二回:事例Ⅳに最後の1ヶ月を捧げた中小企業診断士二次試験、2ヶ月半の戦略|STCラボ
「自分にあまり期待してなかった」という戦い方
—— 業務と勉強のバランスを取るうえで、何を一番意識していましたか。
「業務との両立で、どうしてもストレスがあるとか、やる気が出ないとか、体が疲れているということはあります。そこにどう向き合うかは意識していました」
「あまり負荷をかけすぎると、途中でもう折れてしまいそうなので。自分のコンディションを見ながら、頑張りすぎないというか」
「もちろん、伸びないと試験に落ちてしまう、伸ばさなければいけないというのはあるんですけど、あまり負荷をかけすぎないことだったり、自分にあまり期待していなかったというんでしょうか」
「自分にあまり期待していなかった」――短期合格者の口から出てくる言葉としては、意外なほど力みがない。
「そもそもかけている時間、準備の期間が短いので、できなくて当たり前なんです。だから、結果にそんなにショックを受けないようにすることは気にしていました」
期待値を意図的に下げておくことで、模試で「あと2点」と突きつけられたときも、二次で合格点に届かない演習が続いたときも、心に致命傷を負わずに済む。短い準備期間を逆手に取った、メンタル面の工夫だった。
—— 内容そのものは、嫌になることはなかったのですか。
「内容について、この科目、この分野は本当に嫌だなというものはなかった、というのは一つあると思います」
「なので、内容は嫌いじゃないと。少なくとも、診断士試験の勉強を嫌いはなかったです」
—— やる気が出ない夜、どんなふうに切り替えていましたか。
「本当にくだらない話ですけど、仕事を終えて、夜だとその後に食事をして、じゃあこれから勉強しようか、というところで切り替えが必要になりますよね」
「すぐにそこからエンジンをかけられるときはいいんですけど、そうでもない時もありました」
「その時は、少し携帯でゲームをしたりして、頭をリラックスさせる。仕事と勉強の間に、緩衝地帯のような時間を置いて切り替えていました」
—— そのゲームは、試験後も続けていますか。
「面白いことに、そういうゲームは試験が終わると一切やらなくなりました」
「リラックス方法は何でも良かったんだと思います。仕事でも、この資格の勉強でもないことを少し間に挟むことで、切り替えていたのかなと今は思いますね」
ゲームそのものへの興味ではなく、「仕事でも勉強でもない時間」を少し挟むことが、切り替えの役割を果たしていた。
週末の夕飯、夜遅くの机――生活はどう変わったか
—— ご家族には、勉強を始めてからどんな負担をかけたと感じていますか。
「家族に負担はかけたと思います。診断士の勉強だけではなく、その前の大学院の頃から、仕事以外の時間を勉強に使う生活が続いていたので」
山口さんは、2023年頃から経営学修士のために社会人大学院に通っていた。診断士の学習は、その延長線上にあった。
「2023年頃から、突然大学院の受験勉強を始めたり、実際に学校に行き始めたりして、仕事以外の時間をかなり使う生活になりました」
「それまで週末の夕飯を自分が料理したりしていたんですけど、それが少しできなくなったり、夜遅くまで勉強する日があったりしました。そういうところでの負担はかけていたと思います」
「ただ、家族にサポートはしてもらったかなと。基本的には、やりたいようにやらせてもらっているという感じですね」
海外出張先のホテルで、合格を知った夜
—— 二次試験の合格発表は、どんな状況で確認したのですか。
「今回の合格はあきらめた感覚でいたので、1月の合格発表の時には、出張中で海外にいたこともあって、発表時間に楽しみに見るということは全然ありませんでした」
「その日の夜にホテルに戻って、不合格の通知を見るのは気が重かったのですが、しょうがない、見るか、という感じでした」
「ホテルで開けようとしたら、そもそもその出張に二次試験の受験票の情報を持ってきていないことに、そこで気づきました」
「家に電話して、ここに受験票が入っているから送って、というやり取りをしてから確認しました」
合格発表当日、山口さんは海外出張中だった。発表時刻に合わせて待つこともなく、夜にホテルへ戻ってから、受験票の情報を家族に送ってもらい、合格発表ページを確認した。
—— ページを開いた瞬間は、すぐに合格だとわかりましたか。
「わかりにくいんですよね。受かっているのか、受かっていないのかが。パッと見てもよくわかりませんでした」
「でも、よく見ると口述試験に進めますと書いてあって、これ、受かったということなのかと」
「点数を見て合計したら、2点多いと。やっとそれで信じられて、びっくりしました」
歓声も、涙も、取材の文字起こしの中にはない。あるのは「びっくりしました」という、率直な反応だった。
—— 発表前は、合格を予想されていましたか。
「それまでは本当に、次の受験に向けてどの予備校を使おうかなとか、何月から再開しようかなとか、早すぎると息切れしてしまうかなとか、考えていたくらいです」
「本当に受かっているとは思っていなかった、というのが正直なところです」
合格は、次の活動の入口だった
—— 合格後の展望について、今どのように考えていますか。
「当面は副業で活動をスタートしていきたいと思っています」
「どれぐらいのペースで副業の仕事ができるかはまだ未知数ですけど、支部にも登録して、人脈を作って、仕事が取れるようにやっていきたいなと」
「これまでの私のキャリアがあるので、何かしらITの仕事だったり、人材開発、組織開発、人事組織の課題を解決することができたらいいなとは思っています」
「まずは人脈を作って、何かあるプロジェクトの一部でもやらせてもらいながら、経験を積みたいなと思っています」
IT、人材開発、組織開発、人事領域。これまでの仕事と学びを生かせる場所を探しながら、まずは副業として診断士活動を始めていく。
「予備校の精神論を受け止めすぎない」――受験生へのメッセージ
—— 受験生に伝えたい「精神論との距離の取り方」について聞かせてください。
「過度に自分を不安にさせないことだと思います」
「TACの先生などから、精神論として、この時期にこれぐらいできていないと困るよ、という言葉をかけられることもあります。勉強内容ではなく、メンタルの部分でそういう言葉をかけられることがあるんですけど、それをあまり受け止めすぎないというか」
「もう自分は十分頑張っている、というふうに捉えるのが良いのかなと思います」
予備校の講師が、進度や仕上がりについて厳しい言葉をかけることがある。山口さんは、内容のフィードバックは取り入れ、精神論のフィードバックは受け止めすぎない、という線引きをしていた。
—— 二次試験で講師と意見が合わなかったとき、どこまで質問を続けていましたか。
「二次については、自分の考えと講師の考えが合わないケースも多いと思います」
「そこについては、一旦、相手の意見も『こういう見方もあるんだ』と受け止める。それが点数につながる近道でもあると思うので、一旦は受け取ります」
「そのうえで、自分が納得できるかどうか。そこは、ちゃんと質問するのが良いのかなと思います」
「AASでは、他の人の質問が全員に見える形で公開されていました。それに対する回答も、みんなが見られるんです。匿名なんですけど、どれだけの人数の人が質問しているかは見える形でした」
「時間が経つにつれて、質問する人はどんどん減っていきました。私は気になることは、かなり質問していました」
「質問を通じて、『これはこういう意味だったのか』と納得できることもあれば、最終的に納得できず、『この考えは取り入れるのをやめよう』と思ったこともあります」
質問を出し続けること。そのうえで、納得できなければ採用しないと自分で決めること。第2回で見た「従順さと主体性の同居」は、最後まで一貫していた。
受験生へのメッセージ
「自分は十分頑張っている」
山口さんが受験生に伝えたかったのは、この一言に集約される。
「過度に自分を不安にさせないことだと思います。精神論として、内容ではなくメンタルの部分で言葉をかけられても、あまり受け止めすぎない。もう自分は十分頑張っている、というふうに捉えるのが良いのかなと思います」
準備期間が短ければ、できないことがある。
模試で届かないこともある。
答案を見直して、要素が抜けていたと気づくこともある。
山口さんは、できなかったことを見ないようにしたわけではない。内容面では質問を出し、納得できない点は確認し、必要な改善は続けていた。
ただ、精神論まで真正面から受け止めすぎない。「自分は十分頑張っている」と認めたうえで、その日に必要な勉強を一つ進める。
短期決戦を走り切るために必要だったのは、自分を追い込み続けることではなく、自分を伸ばすための行動の積み重ねだった。
