一次試験では合格点から逆算し、二次試験では自分の「型」を磨いた齊木達也さん。しかし、中小企業診断士に合格するまでの約5年間、ずっと同じ熱量で走り続けていたわけではない。一人で勉強を続けた時期があり、一次試験を「なめすぎて」失敗した年もあった。仕事をしながら、昼休みや移動時間、夜を勉強に使う日々。その受験生活を変えたのは、失敗をきっかけにした自身の意識の変化と、先生や仲間との出会い、そして妻からかけられた一言だった。

「なめすぎてて、多分勉強せずに行った」――認識の甘さに気づいた年

——受験期間で一番しんどかったのはいつでしたか。

「一番きつかったのは、多分令和4年だと思うんですけど。

そこで一次、一発で受からなかったんですよね。

なめすぎてて、多分勉強せずに行ったんですよね」

2020年に勉強を始め、最初の一次試験には合格した。

しかし、二次試験では結果が出ない。翌年も二次試験に合格できず、再び一次試験から受け直すことになった。

そこで、一次試験を突破できなかった。

最初の一次試験を比較的スムーズに通過していたこともあり、十分な準備をしないまま再挑戦してしまったという。

——その結果をどう受け止めましたか。

「そこで結構折れて、やめるかなって思ったんですけど。

なんかね、火がついたじゃないですけど。

ここまで時間投資して、成果ゼロじゃちょっとあんまりだなって思った。

最終的には続けられてよかったんですけど、結構へこみましたね、そこはね。

自分の認識の甘さっていうか、見通しの甘さっていうか、すごい覚えてますね」

「一度受かったから、また受かるだろう」。

そうした認識があったのかどうかを、本人は明言していない。

ただ、齊木さん自身が振り返る「なめすぎていた」という言葉には、当時の一次試験への向き合い方が表れている。

それまで積み重ねてきた時間がありながら、資格はまだ手にしていない。

やめることも頭をよぎった一方で、「ここまで時間投資して成果ゼロでは」という思いが、受験を続ける方向へ働いた。

——そこから何が変わりましたか。

「そのタイミングで現場から離れて、本社業務に異動があったので。

なんかやっぱり、アップデートしないといけないなっていうのは、自分の中でもあったので。

やっぱ取り切らないとダメだなっていうふうに思ったんですよね」

受験生活の転機と、仕事上の変化が重なった。

教育現場から本社業務へ。

仕事の環境が変わる中で、自分自身も「アップデートしないといけない」と考えるようになった。

資格を取り切ることへの意識が強まったのも、この時期だった。

一人で勉強した時期と、仲間と支え合った時期

——長い受験期間は誰かと勉強していましたか。

「多分、最初は何も話してなくて、一人でやってた感じですかね。

誰かと一緒にとか、支え合ってっていうふうにできるようになったのは、そういう環境を用意していただいた辻井先生のところに行ってからなので。

そこからは結構、励まし合ったり、支え合ったりっていうのは、やっぱあったかもしれないですね」

受験生活の前半は、一人で勉強する時間が長かった。

SNSも積極的に発信するのではなく、「一発合格道場」などの情報を見るために使っていたという。

勉強会に参加したこともあったが、当時は自分のインプットが足りないと感じ、継続的な参加には至らなかった。

——当時の勉強会をどう感じていましたか。

「自分自身に提供できるものが何もなかったんで、行かなくなっちゃいましたね。

足引っ張りすぎちゃってて、ちょっと居たたまれないなっていうか。

自分自身がインプット足りてなくて、勉強効率悪いなって思ったんで。

ある程度、知識がある人が確かめに行く場じゃないですか。

それがやっぱり、まだ甘かったなっていうのは覚えてますね」

この時点では、誰かと勉強すること自体が自分に合わないと判断したわけではない。

まず自分に必要な知識を身につけることを優先した。

その後、TACの辻井修二先生のもとで学び始めると、周囲との関わり方も変わっていった。

——仲間ができて何が変わりましたか。

「TACに通い出して、仲間ができて。

ああ、やっぱりちゃんとこれ受かって、こういうことやりたいなって思ったのが、この二年ぐらいだったので」

第2回で紹介したように、仲間との勉強会では、中小企業白書やガイドライン、出題委員の論文、JISまで持ち寄って議論した。

一人で勉強していた時期から、互いに知識を持ち寄って学ぶ時期へ。

この発言からは、勉強仲間の存在が単に学習効率を高めただけでなく、「合格した先」を考えるきっかけにもなっていたという印象を受ける。

昼休み、移動時間、夜――仕事をしながら続けた勉強

——仕事と勉強はどう両立していましたか。

「昼休みにやって。

あとは移動時間と夜ですかね。

移動時間も結構、今長くなっちゃってて」

仕事を続けながらの受験だった。

平日は昼休みや移動時間、夜を使う。

土曜日にはTACの演習を受け、その演習に向けて自分の「型」を更新する。

休日には仲間との勉強会もあった。

ただし、合格した年は、使える時間をすべて勉強に投入するという考え方ではなかった。

——限られた時間をどう使いましたか。

「今年に関しては、もう量をやっても仕方ないなって思ってたんで。

ある程度、インプット自体は完了してるっていう自信はあったので。

それをどうちゃんと頭の中にあるものを出せるかと、あとミスをしないか。

この一年は、そこに腐心していましたね」

長い受験生活の中で、勉強時間そのものを増やす段階から、限られた時間の使い方を変える段階へ移っていた。

昼休みや移動時間には、過去問の設問を頭の中で思い出す。TACの演習では自分の型を試し、間違えた部分は辻井先生に確認して更新する。土日の勉強会では、一人では取り組みにくいテーマを仲間と深掘りする。

では、約5年間の受験生活で、趣味や自分の時間をどこまで削ったのだろうか。

——勉強のために減らしたことはありましたか。

「勉強を始めてから、趣味や出かけることはだんだん減っていきました。ただ、最終年度は、何かを犠牲にして勉強しているという感覚は特になかったですね。

令和6年度に、あれだけ詰め込んでも結果が伴わないということを体感したので、最終年度は勉強する1時間の密度をとにかく高めることを意識していました。趣味のバンド活動も続けていました」

勉強以外の時間をすべて削るのではなく、同じ1時間から何を得るかを考える。そのために工夫したのが、いつでも勉強を始められる環境づくりだった。

「『暇だな』『手持ち無沙汰だな』と感じる前にテキストを開いたり、Webで学習できるようにしていました。

スマホのホーム画面には、Webトレーニング、前回の演習内容、自分で作った型のシート、過去問の問題要求文、中小企業白書のコラムなど、すぐ開けるリンクをたくさん置いていました」

まとまった勉強時間ができるのを待つのではない。

数分でも時間が空けば、スマートフォンからそのとき必要な教材へアクセスできるようにしておく。何を勉強するかを考える時間さえ減らし、すぐに始められる状態を作っていた。

時間をどう捻出するかだけでなく、その時間に「何をするか」、さらに「どうすればすぐ始められるか」まで決めておく。

最終年度の齊木さんが重視していたのは、生活のすべてを受験に振り向けることではなく、限られた時間の密度を高めることだった。

「続けられるよね」――不合格のあと、妻からかけられた言葉

——ご家族は受験をどう見ていましたか。

「令和6年から7年で合格したんですけど。

令和6年が、ちょうど一次試験のあれも切れる年だったので。

一次試験も7科目受けて、二次試験も受ける。

結構やっぱ、それができるかなっていう不安はあったんですけど」

長期化した受験生活では、一次試験の科目合格や一次試験合格の有効期間との兼ね合いも出てくる。

2024年度の不合格後、翌年も受験を続けることになった。

そのとき、妻から思いがけない言葉をかけられたという。

——不合格のあと、奥様から何と言われましたか。

「令和6年に落ちた瞬間に、『続けられるよね』っていうふうに言ってくれたのは、結構嬉しかったですね。

ちょっと意外だったんで」

「そうでもなくて」と、齊木さんは妻との関係を過度に美談にはしない。

それでも、この一言については「嬉しかった」と明確に振り返っている。

——その言葉を今どう受け止めていますか。

「それは感謝してますね、やっぱりね。

なかなか、そうやって続けさせてもらえること自体も、幸せなことだと思うので」

約5年にわたる受験生活。

そのすべてを家族が一緒に戦った、といった話ではない。

ただ、もう一年続けることになったとき、「続けられるよね」と言ってもらえた。

齊木さんにとって、その事実は受験を振り返るうえで残っている。

「落ちてる」と思って見た合格発表――実感が湧いたのは一週間後

——合格発表まではどんな気持ちでしたか。

「今年に関しては、もう周りもすごいびっくりされるほど凪で。

前に期待して結果が違った経験もあったので、今年は『落ちてる』ってずっと自分に言い聞かせてて。

マインドコントロールじゃないですけど、本当に落ちてるって思ってて」

前年までの経験から、試験の手応えだけで結果を予想しないようにしていた。

合格した年は、「いつも通りできた」「用意していたものは出し切った」という感覚はあった。

それでも、合格発表までは「落ちている」と考えていたという。

——合格を知った瞬間はどうでしたか。

「見たら受かってたんで、『あれ、なんでかな』みたいな。

驚きっていうか、なんかこう、追いつかなかったんですけど。

自分の気持ちっていうかね。

一週間ぐらい経って、やっぱ実感湧いてきたっていうような感じでした」

歓喜したわけでも、すぐに達成感が押し寄せたわけでもない。

本人の言葉は、「あれ、なんでかな」だった。

長く目指してきた合格を知っても、気持ちはすぐには追いつかなかった。

実感が湧いてきたのは、一週間ほど経ってからだったという。

——実感が湧いてから何を感じましたか。

「嬉しさはやっぱありましたし。

毎年、落ちたらすぐそこからまた一次試験の勉強みたいな。

これ、しなくていいんだっていう安堵感がありつつも。

ただ一方で、一緒に勉強してた仲間が全員受かったわけじゃなかったので。

そこのメンバーが全員受かって、初めて受験っていう意味では終わりかなっていうのは、今でもありますね」

自分の合格だけで、すべてが終わった感覚にはならなかった。

一緒に勉強してきた仲間の中には、まだ受験を続けている人もいる。

齊木さんにとっての「受験の終わり」は、自分一人の合格だけでは区切れない部分も残っている。

——最初に合格を伝えたのは誰でしたか。

「勉強仲間と、あと妻ですかね」

そして妻には、試験が終わって結果が出る前から、こんなことを言われていた。

——奥様は合格をどう受け止めましたか。

「試験が終わって、結果がまだ出る前に、『なんか今年、受かってそうな気がするよ』みたいなことを言ってたんですよ。

全然、何言ってんだろうって感じだったんですけど。

何を見せたことも、何もなかったですけど。

合格したら、『ほらね』みたいな。

なんか分かるんですかね」

本人は「落ちている」と思い込もうとしていた。

一方で、妻は「今年は受かってそうな気がする」と言っていた。

5年間の受験生活の最後にあったのは、ドラマチックな合格発表の場面ではない。

「あれ、なんでかな」と結果を受け止めた本人と、「ほらね」と返した妻。

そんなやり取りだった。

「小さなありがとうを積み重ねたい」――資格を取った先のスタート

——合格後、仕事への見方は変わりましたか。

「全然変わりました。

経営者様との向き合い方とか、熱意を持ってやられてることに対しての認識っていうか。

どうしても机上の、架空の事例でやってきたことが多かったので。

そこになんか血が通って、『あ、こういうことか』みたいなのは、すごくあります」

合格後、実務従事にも参加した。

そこで実際の企業や経営者と向き合ったことで、試験勉強で扱ってきた知識の見え方も変わったという。

——どんな診断士になりたいですか。

「すごいシンプルなこと言うんですけど。

本当に、目の前の困ってる人を助けてあげられる診断士になりたいなっていうのが、今、自分の中ではあります」

資格を取ったから、すぐに大きな仕事ができるとは考えていない。

むしろ、合格してから身近な人に「診断士を持っているなら、ちょっと聞いてよ」と相談される機会が増えたという。

——そこから何を始めたいですか。

「自分自身、まだ全然大きなことをできないですし、大きなことも言えないですけど。

まず、ちっちゃなところから困ってる人がたくさんいるんだなっていうのが、資格を取ったからこそ分かるっていうか。

最初はお金にとか、そういう下心もあったんですけど。

けどまず、この人たちに『ちょっと話してみてよかったわ』って言ってもらえるところからスタートだって思ってるので。

結局、その積み重ねだと思います」

将来的には独立も考えている。

その一方で、すぐに大きな看板を掲げるのではなく、まず目の前の相談に応えるところから始める。

それが、合格したばかりの齊木さんが描いている診断士像だ。

受験生へのメッセージ

齊木さんの約5年間は、最初から最後まで迷いなく走り続けた受験生活ではなかった。

最初の一次試験に合格して「こんなもんか」と感じた時期があった。

二次試験は独学で結果が出ない時期が続いた。

一次試験を「なめすぎて」再挑戦に失敗し、「やめるかな」と考えたこともあった。

それでも、「ここまで時間投資して成果ゼロでは」と考え直した。

一人で勉強する時期を経て、先生や仲間と学ぶようになった。

そして最後は、「続けられるよね」と言ってくれた妻にも支えられ、約5年間の受験生活を終えた。

齊木さん自身が、受験生に向けた直接のメッセージとして語った言葉は、今回のインタビューには収録されていない。

ただ、その受験歴を通して繰り返し語られていた考え方がある。

「6割取れればいい」。

一次試験では、得意科目を作ることより、苦手科目で4割を確実に取ることを考えた。

二次試験では、完璧な答案を目指すのではなく、40点台の事例を作らず、4事例を通して合格点を取り切ることを狙った。

そして、うまくいかなければ、自分の「型」を更新した。

最初から正しい勉強法を選べなくてもいい。
一度決めた方法を、最後まで変えずに続ける必要もない。

今の自分に何が足りないのかを見極め、必要ならやり方を変える。そして、合格に必要なものを一つずつ取りにいく。

約5年かけて248点で二次試験を突破した齊木さんの受験歴から見えてくるのは、そんな現実的な合格への向き合い方ではないだろうか。

そして今、齊木さんは「小さなありがとう」を積み重ねるところから、診断士としての新しい一歩を踏み出そうとしている。

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