一次試験を突破した者だけが立てる、二次試験というリング。 だが、ここからが本当の地獄でした。

「書けた」「いけた」という手応えが、あっさり裏切られる。模試で上位でも落ちる。型を学んでも点が伸びない。そして、手応えが最悪だった年に、なぜか合格している――。

中小企業診断士の二次試験は、努力と結果が素直につながらない不思議な試験です。正解が見えないからこそ、人は慢心し、迷走し、やがて無欲に近づく。内海健さんが語るのは、「手応え」と「結果」がねじれる瞬間と、そこから抜け出した“思考の変化”でした。


Q1. 初年度の「いけた」という手応え。今振り返ると?

――自己採点と結果が大きく食い違うのは、二次試験の大きな壁ですよね。

正直に言うと、1年目の事例ⅠとⅡは「そんなに悪くないな」って思ってたんですよ。採点結果を見る前も、「まあ、これなら……」と。

でも、今振り返ると、完全に「独りよがり」でした。 書いている量も多かったし、言いたいことは全部入れたつもりだった。でもそれって、「自分が書きたいこと」を書いていただけなんですよね。

――「採点者の視点」が抜けていた、ということでしょうか。

そうです。「相手(診断先や採点者)が何を読みたいか」より、「自分が分かっていること」を優先してアピールしていた。だから、答案としては非常に散らかったものになっていたんだと思います。

Q2. 「型」を学んでも点が伸びなかった理由は?

――受験界の定番の解法や型は、当然意識されていましたよね。

型はやっていました。設問を先に読んで、与件から強み・弱みを拾って……というルーティンも。でも、当時は型を「使っているつもり」になっていただけでした。

時間が足りなくなると焦って与件を何度も読み返し、結局何を書けばいいか分からなくなる。

――典型的な「迷走」の状態ですね。

はい。「このやり方で合ってるのかな?」と疑い始めると、すべてが崩れるんです。不安からあれこれ新しいメソッドに手を出したくなるけれど、結局どれも中途半端。一番苦しい時期でした。

Q3. 特に苦戦した「事例Ⅳ(財務)」。どう克服しましたか?

――初年度は「ボロボロだった」と仰っていました。

何を聞かれているのか、正直よく分からなかったんです。一次試験の知識はあるはずなのに、二次記述になると全く使えない。「この問題、一体何の話をしてるんだ?」という状態でした。

――そこから、どうやって立て直したのですか?

思い切って「問題集を増やすこと」をやめました。 代わりに、財務の本を一冊だけ、擦り切れるまで読み込みました。計算テクニックに走るのではなく、「なぜこの指標を見る必要があるのか」という本質の理解に集中したんです。

Q4. 合格した年の「手応え」はどうでしたか?

――ついに合格を手にした2年目。やはり手応えは十分だった?

いえ、最悪でした(笑)。 特に事例Ⅳは、「あ、これダメだな」って絶望しながら書いていましたから。

――それなのに、結果は合格。何が違ったのでしょうか。

たぶん、「期待していなかったこと」が良かったんだと思います。 「受かるぞ」という力みではなく、「時間内に、聞かれたことだけ書こう」という意識。

  • 書きすぎない
  • 盛らない
  • 分からないことは、無理に広げない

それだけを徹底していました。

Q5. なぜ「無欲」が合格につながったと思いますか?

――「諦め」に近い境地が、良い結果を呼んだのはなぜでしょう。

無欲になると、自分ではなく「相手」を見るようになるんですよ。「この設問、出題者は何点取らせようとしているんだろう?」って。

手応えがあるときほど、実は危ない。自分の出来に酔って、相手(出題意図)を忘れてしまうから。合格した年は、「まあ、ダメかもしれないけど、やることはやった」という感覚でした。でも、その謙虚な姿勢が、一番試験と噛み合っていたんだと思います。


次回・最終回は【総合・人間面編】(近日公開)。

独学を選び、仲間をあえて作らず、周囲の情報を遮断した本当の理由。そして、合格後に見えてきた「診断士資格との、ちょうどいい距離感」とは。

内海さんの、あえて「選ばなかった戦略」に迫ります。

第1回 「独学でいける」と思った根拠はどこに?内海健さんが語る一次試験突破のリアル

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faun
大手金融機関で、20年以上主に業績の厳しい中小企業を担当。現在は本部で業績の厳しい取引先に対する案件審査、営業店指導に従事。お世話になった中小企業のお力になれればと思い、中小企業診断士の資格を取得。